Deep Purple

ディープ・パープルはレッド・ツェッペリン、ブラック・サバスと並びハード・ロックというジャンルを確立した歴史的に重要なバンドです。

1968年、ファーストアルバム「ハッシュ」でバンドデビュー。 シングル「ハッシュ」がスマッシュ・ヒットして幸先の良いスタートとなりました。

デビュー当時は、後のハードなサウンドではなく、サイケデリックなビート・ロックでしたが、1969年にはバンド内の意見の対立からボーカルの(ロッド・エヴァンス)とベース(ニック・シンパー)が脱退しました。

ロッド・エヴァンス、ニック・シンパー脱退後の新ボーカリストにはイアン・ギラン、ベースには、ロジャー・グローバーが加入しました。 そして、出来上がったアルバムがロックの名盤と言われる「イン・ロック」です。

オープニングソングの「スピードキング」でいきなり、心臓を鷲掴みにされ、「チャイルド・イン・タイム」でロックとクラシックの融合、ギターとオルガンの掛け合いによる演奏、そして、限界を超えたようなハイ・ボイスがかみ合わされ、全く独自の世界を築きました。

この流れは、次のアルバム「ファイヤー・ボール」でも引き継がれ、1972年に最高傑作と言われる「マシン・ヘッド」がリリースされました。
オープニング・ソングの「ハイウエイ・スター」のスピード感とグルーブ感は、圧巻です。
「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は、わかりやすいリフとコード進行で、ギターを持った際に多くのギタリストにコピーされました。
この当時の演奏がライブ録音されたのが、1972年8月の日本公演を収めた「メイド・イン・ジャパン」です。
これまでディープ・パープルは日本とイギリスでは高く評価され非常に人気の高いバンドでありましたが、アメリカでは殆ど注目されていませんでした。しかしこのアルバムでようやく、アメリカでもメジャーになることができました。

1973年には、2度目の大きなメンバーチェンジが行われました。
ボーカルは、当初、「フリー」の「ポール・ロジャース」が候補に挙がっていましたが、オーディションで「ディヴイッド・カヴァデール」に、ベースには「グレン・ヒューズ」が参加しました。
第3期ディープ・パープルは、完成度も高く商業的にも成功したバンドとなりました。
ファンは、第2期を愛するファンが多いが、セールス的には、第3期が最も成功しました。

しかし、ハード・ロック路線に様々なジャンルの音楽を取り入れようとするメンバー間の思いや、ギターのリッチー・ブラックモアのバンドへの意欲が失ってきたことから、1975年にリッチーが脱退。代わりに「ジェイムス・ギャング」のギタリスト「トミー・ボーリン」が加入しました。
しかし、音楽性も大きく変わり、コンサートでも失敗が続き、1975年バンドは解散してしまいました。

その後も、何度か再結成して活躍しました。 ディープ・パープルがハード・ロックの歴史に残した功績は、偉大であり今のロックがあるのも、ディープ・パープルの功績はとても大きいものです。

日本とは特に関係が深いバンドで、アメリカで知られるようになったのも、日本公演のライブがきっかけで、来日公演も数多くあります。
アメリカでは、過小評価のバンドでありますが、日本では、いまでも絶大な人気を誇っています。

Deep Purple
(ディープ・パープル)

第2期メンバー

リッチー・ブラックモア(Ritchie Blackmore)ギター
ジョン・ロード(Jon Load)オルガニスト
イアン・ペイス(Ian Paice))ドラム
イアン・ギラン(Ian Gillan)ボーカル
ロジャー・グローバー(Roger Glover)ベース

代表曲

Highway Star、
Black Night、
Burn、
Stormbringer、
Lazy、
Hush、
Space Truckin、
Smoke On The Water、
Speed King

代表アルバム

In Rock、
Machine Head、
Burn

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